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2007年4月

近付いて来ましたね!

 ゴールデン・ウィークですよ。でも、動きません、その間仕事ですから。世の中が休んでいたり、遊んでいる間は仕事に集中。
 そしてゴールデン・ウィークが終わったら、大阪高裁へ出向き、東京に至り、再び京都の相国寺へ若冲を観に戻って来ます。

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再び「人間」とは

 暫く間が空きました。下請けだからなのか、たまたまそんな巡り合わせなのか?仕事の依頼は木曜日か、金曜日に集中しているようだ。発注しておいて、週末の休みをゆっくりと…。となるのか、どうか知らぬが、引き受けた方は世の中の暦が土日であろうが、祝日であろうが、全く関わりない。約束した仕事を納期までに仕上げるまでだ。

 「特許制度」は、ここで解説するまでもなく、最先端技術を先頭を切って公にすることの代償として法的な権利として認められるものだから、その技術的内容は勿論のことだが、鮮度も大いに問題となる。従って、これに関わる仕事は時間との競争にならざるを得ない。トップランナーのみが認められ、二番手、三番手の出る余地はない。従って、その一翼を担っている技術翻訳者も必然的に時間との勝負を、内容の正確さと共に求められることになる。

 ところで話は変わるが、朝日新聞大阪本社版4月19日付夕刊の「ニッポン 人・脈・記」に右半身不随のピアニスト館野 泉氏

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が紹介され、『苦悩のときが魂の芸術を生む。館野の左手がつむぎだす透明な音色、深い抒情。「65年もピアノをひいてきて、これほど無心に音楽ができるとは思わなかった」 ピアノは両手、にとらわれていたら、いまの館野はなかった。』とある。人間とは矢張り凄い!人間は弾力的で、定義に収まりきれないところに、大いなる可能性を観る。それに比べて、政治家と称する野蛮人、つまり、この国の宰相、超大国のトップ共のお粗末さ、これ等でも矢張り人間の種に入るのか?まあ。そういう多面性こそ、人間の特性なのか…?

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人間-友達

『人間』って、どちらかと言えばイイもんだ。それは自分がその種に属しているから言えることだろう。でも、人間は他の動物や地球環境に対しては必ずしも歓迎されるべき存在とも言えまい。

 大量生産-大量消費の方向が今の人類の繁栄をもたらしたことは否定できない。しかし、その歪みもまた、容認の限界に近付きつつあることは否応のない事実であるし、またこのままの路線が限りなく続き、人類は更に発展のコースを辿るとは、どんなに楽観的な人でも結論できないだろう。

 そう思いつつ、そう言いつつ自分もその中に組み込まれ、結構楽しんで、いい目もして居るではないか。

 そうですね、それも否定できません。 それで私個人の生活も忙しくなり、ちょっとだらける、或いは草臥れて、サボると、友人達にも不義理をしたり、迷惑を掛けたりすることになります。

 普段なら直ぐに対応している(或いは対応できる)ことを、己の怠惰か?余りに手を広げすぎて自分にとってちょうどよいペースを超えてしまったりした報いか、つい全ての流れが悪くなります。

 昨夜、そんな状態に陥っている私のことを心配して団塊後半世代の友人が、東京から電話を呉れました。

 さすがに、『これは不味い』と考えて、親しい友人達宛に共通(不義理お詫び)のメールを出しました。そしてこのブログも紹介しました。
 実を言うと、このブログは友人達には誰一人として知らせていなかったのです。心の中では、可成り自分の本音を率直に書きたかったし、そして書いても知らない人にだけ読まれている分には、別に特別な気遣いも必要ないし、と考えていました。しかし、気がついてみると結構自分の現状を正直に述べている面もあるのです。今更、カッコつけてみても始まるまい、と覚悟して披露する結果となりました。

 友達って本当に有り難いです。直ぐにその電話のご本人から「却って煩わせたかも…」というメールを頂きました。

 また、高校の同期生からも8月末に同期会をやりたいが、出席可能か?と訊いてきました。こういうことは、つまりお祭り、宴会(ビジネスなどの義理接待のそれは除く)の類は大好きなんです。
 直ぐに万障繰り合わせて出席したい、と返事しました。

(少し駆け足で結びに行きます)人間って、独りが一番気楽なのですが、それでも心配してくれたり、誘ってくれる仲間が居てこそ安心だし、楽しいのですよね。

 忙しかったりすると、対応が億劫になったりすることもありますよね、本音では。

 でも、誰も気に掛けてくれなくなったり、相手にされなくなったら、きっとどんなに寂しく、辛いことでしょう。だから友達は、そしてその付き合いは最大限の努力を費やしても大切にしなければなりませんね。

 友人の皆さん達ありがとう、今後とも宜しくお願いしますよ。

■コンピューターが先生。学習指導経験不要。■

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『生きる』ということは、生命の源を燃やし続けることだ。

それは愛する男と女であり続けること、と同義である。

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および
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は、その一つの到達点なのかも知れない。

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本日の所感

Gsc_0053  考えてみると、余りにもやれることや、やりたいことがあり過ぎるから逆に、どれもこれも億劫になるのだろうか?

 それとも、実際のところ認めたくはないのだが、これが老化の兆しと呼ぶべきものなのか?

 『昔 男ありけり』というTV放映をNHK BS放送で観た。登場していたのは白洲次郎白洲次郎・正子の食卓 と青山二郎

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だった。

 そうダンディ 

ロング・グッドバイ Book ロング・グッドバイ

著者:レイモンド・チャンドラー
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で一徹な男でありたい、自分も。
他人から観て私はどうだろう?

閑話休題

 人はみんな死ぬ。私の周りでも識っている人々が次々に亡くなっていってしまう。このまま、生き続けていると、いつか識らない人だらけになってしまうのか。

それとも生き続けていれば、新しく知り合う人々が一方で出現して来る筈だから、然程気に病むこともないか。?

今のところ、私と同年齢の人たちが周りでも社会でも活躍しているから切実な問題、という訳でもないのだが…。

それでも、私もいつか必ず死ぬのだろう、間違いなく。

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